奥州・平泉・一関の「歴史」観光スポット(全18件)
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中尊寺
金色堂をはじめとする国宝・重要文化財の宝庫で、神秘的な静寂に包まれている境内の紅葉は実に見事。春と秋に開かれる「藤原まつり」では、郷土芸能や能が披露される。
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毛越寺
慈覚大師円仁によって嘉祥3(850)年に開山された。敷地内いっぱいに広がる浄土庭園は限りなく美しく、緑と池の織りなす光景は平安の雅な世界を彷彿させる。
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黒石寺
天平元(729)年、名僧行基が開いたと伝えられている天台宗の古刹。貞観4(862)年の胎内銘を持つ木造薬師如来坐像や、慈覚大師像、四天王立像が安置されており、国の重要文化財に指定。
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木造兜跋毘沙門天立像
国の重要文化財にも指定されているトチの木の一本彫り像。慈覚大師の作と伝えられ、鉈彫技法が特徴。地天女の肩に乗る毘沙門の凛とした表情が印象深い。
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中尊寺
金色堂をはじめとする国宝・重要文化財の宝庫で、神秘的な静寂に包まれている境内の紅葉は実に見事。春と秋に開かれる「藤原まつり」では、郷土芸能や能が披露される。
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達谷窟毘沙門堂(達谷西光寺)
延暦20(801)年、蝦夷平定に赴いた征夷大将軍・坂上田村麻呂が、蝦夷の頭・悪路王を激戦のすえ打ち破り、蝦夷平定を記念して建立したと伝えられる毘沙門堂。脇に日本最北の磨崖仏もある。
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金色堂
宝形造りの阿弥陀堂で、藤原清衡が15年の歳月をかけて天治元(1124)年に完成させた。堂の内外に漆を塗り、金箔を重ねた絢爛さは一見の価値ある。
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布佐洞窟遺跡
川崎地区の名刹である布佐最明寺の裏手約200mのところにある。石灰岩の中に形成された横穴式の鍾乳洞で、縄文時代の人骨や土器などが発見されている。
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金色堂旧覆堂
正応元(1288)年、金色堂の保護を目的とした特殊な設計の覆堂。国の重要文化財にも指定されている。
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大梅拈華山 円通 正法寺
かつては福井の永平寺、神奈川の總持寺と並ぶ曹洞宗三本山のひとつだった。乱れ積みの石垣の上に茅葺きの惣門、本堂、庫裏などが立つ。これらは国指定重要文化財。
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経蔵
創建当時の宝形造りだが、建武4(1337)年に火災で焼失後、古材にて再建。騎師文殊菩薩像と四眷属像、経典類は讃衡蔵に移されている。
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白鳥舘遺跡
古代から長きにわたり利用されてきた交通の要衝である白鳥舘遺跡は、平泉文化を支えた北上川交通のあり方を考えるうえでも貴重な遺跡。柳之御所・平泉遺跡群として国史跡に指定されている。
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弁慶堂
中尊寺の参道「月見坂」を上った総門跡付近に立つ「愛宕堂」は、別名「弁慶堂」とも呼ばれ、なぎなたを手に七つ道具を背負う巨大な弁慶木像が安置されている。
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磐神社
前九年の役で陸奥守・源頼義と争ったこの地方の豪族安倍の守護神をまつる神社。8月に行われる奥州ころもがわ祭りでは、子どもたちが練り歩くお石さま行列の出発地となる。
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柳之御所遺跡
奥州藤原氏の政庁「平泉館」跡と推定される。発掘調査により、堀、建物、池などの遺構と共に膨大かつ多様な遺物が出土している。
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骨寺村荘園遺跡
奥州藤原氏の時代かおよそ300年間続いた中尊寺の荘園。700年前に描かれた絵図の世界を体感できる貴重な遺跡で、国の史跡に指定、重要文化的景観に選定されている。
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高館・義経堂
文治5(1189)年、朝廷の圧力に屈した藤原泰衡が、源義経を急襲。義経が妻子とともに自害したと伝えられるのが高館だ。現在、山頂には義経堂や、資料館、芭蕉の句碑などが立つ。
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長者ヶ原廃寺跡
中尊寺のある関山丘陵の北側を流れる衣川を挟んだ田園地帯にある遺跡。平泉の栄華が一朝一夕にできたのではなく、胆沢城や安倍氏の繁栄や中央とのつながりが根底にあることを示す貴重な遺構。