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相馬中村神社 つぶやき・クチコミ

エリア
福島県相馬市
ジャンル
見る - 史跡・建造物 - 神社(稲荷・権現)

相馬野馬追いの出発点。馬術の神らしく競馬の必勝を祈願する人もいる。桃山式の本殿、幣殿、拝殿は国の重要文化財にも指定されている。

相馬中村神社のつぶやき

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相馬中村神社のクチコミ

相馬中村城

【相馬中村城】福島県相馬市中村 2008/08/16登城(No134)  史上初の征夷大将軍・坂上田村麻呂が奥州鎮撫のために最初に築いたとされる。南北朝時代、延元2年(1337)には中村朝高が館を構え領有し、以後戦国時代まで中村氏の支配が続いた。その後、中村氏に代わって相馬氏が台頭、戦国時代には伊達氏、佐竹氏と争った。伊達政宗には敗れたが、豊臣秀吉の小田原征討後に領土を安堵された。  関ヶ原後に佐竹氏に与していたので改易されたが復活し、慶長16年(1611)相馬利胤が小高城から移り、相馬中村藩6万石の藩庁とした。城の改修を開始、本丸南西に3層の天守をあげていた。寛文10年(1670)には落雷により天守を焼失したが藩政を優先、歴代藩主もこれにならい天守を再建しなかったという。  小高い丘の最高所を本丸とし、東、西、南、北に二の丸を配し、東には空堀、西、北には堀、南は崖で、下に堀があり、御殿などがあった。西二の丸には妙見曲輪があり、四面が堀、崖で独立しており本丸を防御する。  土塁が中心だが、本丸には鉢巻石垣と呼ばれる高さ2mくらいの石垣が巡っている。北の二の丸の外には蓮池といわれる広大な濠があり、さらに北三の丸を配し、さらに堀があった。防御は北に重点があり、この相馬中村城も相馬藩内でも北に拠っており、北にある仙台・伊達氏に備えたものだ。相馬利胤から13代つづいて明治に至り、城は明治4年(1871)破却された。  相馬氏は奥州藤原氏追討での功績から行方郡を与えられたのがはじめで、その後勢力を拡大し鎌倉、室町、戦国、安土桃山、江戸時代を生き抜いてきた希有な存在である。また「相馬」と、氏を地名とする大名は珍しい。「相馬野馬追」も「相馬氏」の野馬追ということだ。  現在、本丸、二の丸、蓮池、堀・土塁などよく残っており、城の縄張りを伝えていてすばらしい。大手一ノ門は残っているが、櫓などは何もない。本丸には相馬神社、妙見曲輪には相馬中村神社がある。相馬中村神社は「相馬野馬追」が出陣するところで、狛犬の代わりに「御神馬」、手水舎も階段の欄干も「馬」になっている。  本丸は小さいがそこは城であり、周囲をゆっくり散策するには1時間半はみておきましょう。 <交通>相馬駅から歩15分、タクシー\680。 <写真左>西二の丸から本丸方面、黒橋と石垣 <写真中>蓮池から北二の丸、本丸方面 <写真右>南二の丸から本丸南の崖、鉢巻石垣。右に赤橋、空堀

kenken0418 さん (投稿日 08-08-21)

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