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岐阜城 つぶやき・クチコミ

エリア
岐阜県岐阜市
ジャンル
見る - 史跡・建造物 - 城・城址

建仁元(1201)年に築城され、戦国時代には斎藤道三公、織田信長公の居城となった。現在の天守閣は昭和31(1956)年に再建。金華山山頂の岐阜城跡を含めた山一帯が国史跡として指定されている。

岐阜城のつぶやき

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岐阜城のクチコミ

加納城跡

【加納城跡】岐阜県岐阜市加納丸の内 2009/01/01登城(No150)  慶長6年(1601)関ヶ原後、徳川家康が織田秀信を改易、岐阜城を廃し、新たに奥平信昌を加納10万石に封じ、築城を命じた。岐阜城(クチコミは「天下布武岐阜城」をご覧ください)は織田信長が斉藤氏から奪い(稲葉山城)、また築き岐阜と命名した天下の名城。そんな城の存在を許す訳もなく、破却され、その代わりとして加納城は造られた。加納城は主として岐阜城のものを転用して造られ、岐阜城の天守を御三階櫓として転用したと伝えられている。  寛永9年(1632)に奥平氏に嗣子なく改易され、信昌の娘婿である大久保忠職が5万石で入る。その後も松平(戸田)光重が7万石、安藤信友6万5千石、宝暦6年(1756)永井直陳が3万2千石で入り、以後5代で明治に至る。  広い内堀に囲まれ、浮かんだ本丸を中心に、東北に二の丸、北に厩曲輪、さらに北に三の丸を配し、南に大藪曲輪があった。すべて石垣で囲っていて、東は荒田川を外堀とし、西に長刀堀があった。本丸の東側が枡形になっており、北の二の丸から大手一の門、二の門を通って入城する。  本丸の北に埋門、南に南門があり、北西隅に天守台があったが天守はなかった。また本丸には4基の隅櫓があがっていて、御三階櫓は3重4階で、二の丸東北隅にあったとされ、享保13年(1728)落雷により焼失したとされる。  城の北に中山道53番目の加納宿が既にあり、いわゆる城下町として武家、商家、寺町などの形成はなかったようだ。明治に城は破却、売却された。  現在、本丸の石垣が残っているのみ。内堀もなく駐車場などになっている。 <交通>JR岐阜駅1階の加納口を出て歩15分。 <写真左>本丸北側の石垣 <写真中>本丸天守台下 <写真右>城郭図:現地案内板

kenken0418 さん (投稿日 09-01-17)

天下布武岐阜城

【天下布武岐阜城】岐阜県岐阜市 2001/12/31登城(No12)2008/03/29再登城  永禄10年(1567)織田信長が斎藤道三の孫龍興の稲葉山城を攻略、美濃を従えた。信長は岐阜と改め、文書に有名な「天下布武」の朱印を用いる。「天(あめ)の下、武を布(し)く」=「武家の政(まつりごと)によって天下を支配する」の意であろう。この時代、公家、寺家、武家の勢力争いで、信長は他の武将のみならず、強大な武力と寺領(経済力)を有する寺家との争いに終始する。信長の前に人はもちろん文化さえも跪かせたいとの強烈な意志を感じる。当時の支配者、権威にとって信長は魔王のごとくであったろう。  信長が築いた岐阜城は山麓に壮麗な居館があり、山頂に天守があった。いつ頃完成したのかははっきりしないが、永禄12年(1569)に宣教師ルイス・フロイスが訪れ、その豪華さに感嘆しているので、その前だったのだろう。フロイスによると居館は4階で山頂には豪壮な天守があり、欧州にはない美しい城だとしている。  慶長5年(1600)関ヶ原の前哨戦、織田秀信は石田方に与し岐阜城に籠城、福島正則や池田輝政に攻められ落城。関ヶ原後、家康は岐阜城を廃城にし、奥平信昌に10万石を与え加納城(岐阜市加納)を築城させる。その際に天守、櫓などを加納城に転用したとされる。  現在、山麓は岐阜公園になっており居館跡がある。近くに岐阜市歴史博物館もある。金華山ロープウェーで山頂めざす、3分ほどだが眼下に長良川がみえる、いい眺めです。山頂駅から天守まで以外に歩きます。山頂には3層4階コンクリの復興天守と隅櫓がある。天守からの眺めよし、しばし天下をとった気分に。 <交通>JR岐阜駅・名鉄岐阜駅からバスかタクシーで「岐阜公園」へ。歩いたら50分かかりました。 <写真左>岐阜城天守遠望、逆光ですみません。 <写真中・右>岐阜城復興天守

kenken0418 さん (投稿日 08-05-02)

霧雨の岐阜城

岐阜といえば岐阜城!!斉藤道三の城だと昔習った気がしますが・・^^; リス村ではリスと戯れることも出来て、ロープーウェイで楽に登れます。もちろん、足腰に自身のアル方は、ぜひご自分の足での登山も出来ます!!

rinrin310 さん (投稿日 08-04-26)

長良川鵜飼

 来る5月11日は鵜飼開きです。  金華山と岐阜城を背景に、岐阜市を流れる長良川で鵜飼が行われます。川面に映る漁火の元、鵜による漁が行われます。  鵜飼開きの当日、夜には花火も上がります。 (鵜飼開き以外の日にも、鵜飼スタート時刻には数発挙がりますよ。合図のようです。)  浴衣姿で屋形船にゆられながら、一度は見てみたいスポットです。  近くには鵜匠さんの家や鵜の小屋があり、朝、水浴びをするのか、籠に入った鵜が大八車に乗せられて川から道路を横断するところに出くわすことがあります。  お時間があれば、そのあたりを散策されても・・・資料館もあります。  観覧船情報  New! レディース専用船  毎週火・金曜    そのほか、カップル船  毎週日曜日  だそうです。

ちょこ&まろん さん (投稿日 07-05-28)

岐阜城

某戦国ゲームでも使われている城なので興味のある人は一度足を運んでみる事をお薦めします。 僕としてはゲームで聞き慣れているせいか、岐阜城と呼ぶより稲葉山城と呼ぶ方がしっくりきます。 また岐阜城のある金華山はちょっとしたドライブスポットで結構キツイ峠になってます。 なのでドライブ好きな方にはこちらもお薦めです。 本題の城ですが何度か建て直されていて建物は天守閣のみです。 天守閣の内部は博物館になっていて、信長や道三等この城に縁のある人の書や絵、当時の武器等が展示されています。 後から作られたものなので城として見る分には少し味気ないですが、展示されている物や天守閣から眺める景色には浪漫を感じました。 夜景スポットとしては最高なのではないでしょうか。 ロープウェー代の相場がわからないのでコメントし辛いですが僕としてはちょっと痛かったかな? 城自体の拝観料はしっかりとは覚えていませんが、かなりリーズナブルだったと思います。

+MAK0吉+ さん (投稿日 06-11-20)

金華山ロープウェイ山頂駅の

前のトイレからの見晴らしがスバラシイ!

kenken0418 さん (投稿日 08-04-06)

屋形船での鮎の塩焼き

私が長良川の屋形船に乗ったのは、ウン十年前。20代前半だったと思います。 名物おじさんが、昔ながらの鵜飼いの格好をして、実に流暢な口調で説明をして下さるのでした。実際に、鵜が飲み込んだ魚をどうやって吐かせるのかも実演して下さったような・・・。夕方からの涼とは別に、お膳に並んだ鮎の塩焼きは、あの鵜の胃から戻って来たものだと思うと、私は箸をつけられませんでした。お魚も鳥も苦手で。(涙) これは向き不向きの大きい趣向なので、いらっしゃる前には覚悟が必要かと思います。私はしゃべれなくなり(汗)、せっかくの招待者の配慮も水の泡でした。

eternalbluesky さん (投稿日 07-07-29)

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