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観音正寺 つぶやき・クチコミ

エリア
滋賀県近江八幡市
ジャンル
見る - 史跡・建造物 - 寺院(観音・不動)

西国観音霊場三十三所第32番札所として知られる古刹。平成5(1993)年の大火で本堂と本尊を焼失したが、平成16(2004)年5月に本堂落慶、本尊開眼。本尊は一丈六尺千手千眼観世音菩薩坐像だ。

観音正寺のつぶやき

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観音正寺のクチコミ

観音寺城址(佐々木城址)

安土城址から程近い山が観音寺城です。 城域の一部は観音正寺の境内となっています。 麓から歩いて登ることも可能ではないかと思いますが(未確認)、比高差が相当あるため、少なくとも一日がかりの覚悟が必要です。 それほどの時間がない方は、有料道路を使って、観音正寺近くまで車で行った方がいいでしょう。 さて、前置きが長くなりましたが、観音寺城は近江源氏佐々木氏の嫡流、六角氏の城です。南北朝期には原型があったようですが、築城時期は定かではありません。 時代は下り戦国時代、六角承禎・義弼父子は分国法である「六角氏式目」を定め家臣団統率に努めましたが、永禄11(1568)年、織田信長が足利義昭を奉じて上洛する際にこれに帰属せず、信長と対立したため、支城の箕作城が陥落、和田山城も開城と相成りました。 これを見た六角父子は観音寺城を逃れ、信長は観音寺城を無血占領しました。 その後は廃城となり、一部の石材などが尾根続きの安土山に移され、安土城の資材となったといわれます。 しかし、安土城築城後も存続していたという説もあり、明確には分からないようです。 現在、郭、石垣、土塁などが残っております。本丸近辺しか歩いていませんが、古くに廃城になったわりにはよく残っている方だと思います。 写真は、本丸虎口石垣、です。

cooler_king さん (投稿日 08-12-03)

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