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埋木舎 つぶやき・クチコミ

エリア
滋賀県彦根市
ジャンル
見る - 文化施設 - 旧家

井伊直弼が17歳から32歳までの間過ごした屋敷。「埋木舎」は直弼自らが5歳で母を、17歳で父を亡くした不遇になぞり付けた舎号。邸内には直弼ゆかりの茶室が残る。

埋木舎のつぶやき

「埋木舎」でつぶやかれたTwitterのツイートを掲載しています。

埋木舎のクチコミ

赤備えの彦根城

【彦根城】滋賀県彦根市 2003/04/30登城(No15) 2009/07/31再登城 2011/01/01再々登城  関ヶ原後、日本海と太平洋、西と東を分ける琵琶湖南東岸に最も信頼のおける家臣に、大坂・西国大名への抑えをおいた。それが徳川4天王のひとり井伊直政(いいなおまさ)だ。井伊家は武田から伝わる赤装束を許され、常に先鋒として「井伊の赤備え」として聞こえた軍団。  直政は関ヶ原で負傷し、まもなく死去。子の直継(なおつぐ)が慶長8年(1603)より着工した。総指揮は同じく徳川4天王のひとり本多忠勝といわれ、尾張、伊賀など近隣7カ国、12大名が動員された。  彦根山とも金亀山ともいわれた、琵琶湖湖岸に対して直角にのびる自然の丘陵を利用し、丘陵全体を掘で囲んだ。丘陵の真ん中に本丸、琵琶湖側に西の丸、反対側に鐘の丸。本丸と鐘の丸の間には人工的に造られた深い堀で区切り、木橋(廊下橋)でつないでいた。この堀は堅固な石垣で守られ、鐘の丸を攻めると本丸に背を向けるので背後の本丸から攻撃を受け、本丸を攻めると背後の鐘の丸からの攻撃を受ける事になる。天下無双の要害と豪語した。  現在、国宝4城のひとつで、3層3階の天守が現存しており櫓、櫓門など城としてのまとまりを今日に伝えていてすばらしい。表門から鐘の丸横の表坂を登る。あんがいきつい!、廊下橋がみえる、鐘の丸が落ちたら橋を落とせば本丸は独立する。廊下橋の左右の櫓が天秤櫓。天守は京極高次の大津城から移築されたといわれている。また天秤櫓は長浜城、太鼓門櫓は佐和山城から移築されたといわれており、急いだのは大坂城に健在の豊臣氏を睨んでいる訳だ。  本丸から庭園の玄宮園の方に降りる。石垣、石段がすごい。玄宮園から天守を望む風景は映画撮影のメッカ。大老井伊直弼の埋木舎、彦根城博物館などみどころ多い。 <交通>JR彦根駅から歩15分。あとでいっぱい歩くので、城まではタクシーがお勧め。駐車場あり。 <写真左・中>国宝彦根城天守 <写真右>玄宮園からの天守

kenken0418 さん (投稿日 12-09-25)

埋木舎

幕末の大老、井伊直弼が17〜32歳まで過ごした屋敷です。舎号は、自分を埋木にたとえて詠んだ和歌にちなんでつけたものです。

大納言7892 さん (投稿日 09-11-02)

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